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音楽は自由!理論など不要!…ってホント?

本来、音楽は自由です。
タイミングも、そこに配置する音の数も、その各要素も、どんなふうしたってかまいません。 そこには限界値も段階もありません。どんなにとんでもない数字になろうと、どんなに微妙な数値であろうと、それは確かに音であり、その変化が音楽です。音楽がまず音楽であるために、そこにはなんの制約も制限もありません。
Nolimit

音や音楽の要素は無段階であり、無制限だ。※音の数のみ整数

ですが無制限であることと自由であることは、必ずしも一致しません。
例えば、それを聴く人間には限界があります。その限界を超えてしまっている音楽は、聴く人にとっては不自由です。人が聴いて楽しむために作る限り、音楽は人間の限界という制限から逃れることができません。

それでも音楽は自由です。 制限があることと不自由であることもまた、同じであるとは限らないのです。
もう数百年も昔から、先人達は人間という制限と上手に付き合い、その中であっても音楽を常に自由に表現してきました。制限を受け入れ、理解し、逆手にとって味方につけ、音楽と人との間にある不自由を克服して表現するためのノウハウを構築してしまったんですね。

今回は、数百年の歴史を誇るすごいノウハウ、『楽典』についてのちょっとしたお話です。

音楽は自由。だけど。

音楽に制限はなくても、人間の耳やその能力には限界があります。
聞き取れる音程には範囲があり、小さすぎる音量は聞き取れず、逆に大きすぎれば耳を壊してしまいます。そして複雑すぎる変化にはついていくことができず、微小な変化は気付けない――。 生身の肉体とその機能を脳の能力の範囲内で扱うわけですから、個人差は多少あれどもそこに限界が生じるのは当たり前のことです。

そのせいでしょうか。人間はいちいち不規則に変化することよりも物事が常に一定の周期で繰り返されることや、一定の規則に従って物事が変化することを好みます。先が予測できる、予測どおりのオチに辿り着くと安心する習性があるのです。そのくせ、そればかりだと退屈だなんだと不満を漏らし、否定や拒絶の態度をとり、変化・予測不能という刺激を求めだす、かと思えば予測不能すぎて疲れるとかついていけないとか理解不能とかなんとかいっt(以下無限ループ)

……人間ってめんどくさい生き物ですね!!(笑)
(僕自身も心当たりがありすぎて耳が痛い(∩゚д゚)アーアーアー)

このめんどくさい習性にそぐわない違和感、そこに人は音痴とかリズムがヨタってるとか単調とか、いわゆるヘタクソという印象を持ちやすいんですね。

あえて、縛る。

音楽は自由ではありますが、実は今日音楽と呼ばれるものの最も基本的な部分は、規則性や一定のルールであえて縛ったうえに成り立っています。

この”あえて縛る”という手法が、楽典と呼ばれる音楽理論なわけですが、前述のような視点をもってみれば「人間の感覚や習性を研究した結果から導き出した、カッコいい曲を作るための便利な知恵袋」として編み出されたものであることが見えてきます。
長くなってしまうので詳しい解説は別の記事として後ほどリンクを貼りますが、最も影響力・効果のあるところではタイミングと音程に関する意図的な制限です。…なんだか難しそうな話に思えるかもしれませんが、鍵盤やドレミ、テンポや拍子といった蓋を開けてみればなんのことはない、今では当たり前のこととして一般的に浸透していることですよ。

Keys
例えば鍵盤。本来無段階で無制限なはずの音程にあえて段階を設け、使う音程を限定している。しかもこの限定のしかたが絶妙

楽典によって音楽を縛ると何がどう便利になる?
  • 「無限の選択肢&無限の組み合わせ」が「いくつかの選択肢&たくさんの組み合わせ」に減る。カッコいい組み合わせを探す労力も大幅に減る
  • 大幅に減った選択肢が、すでに人の感覚に訴えるためのヒントとして厳選されている
  • シンプルな規則性を基準として利用する手法が基礎になっているので、たとえ基準が変更になっても対応がしやすい
  • その基準を共通言語として使用できるので、作った音楽の内容の記述や説明がしやすくなる。それによって第三者に演奏してもらったりするハードルも下がる

さきほど述べたように、人間は規則性に安心感を感じながら適度な変化を求める、という習性があります。楽典の基礎理論はそこに着目した「このシンプルな規則性を土台にしてその範囲で自由にカッコいい変化を作るとうまくいくぜ!」みたいなやつです。なので、そこに当てはまっていなくても、その方がカッコいい場合はそのままでOK。音楽が音楽であるためのルールではなく、あくまでも知恵袋なんですね。

DTMを始めるための楽典基礎理論(順次更新)

以下は、DTMソフトを扱うにあたって、画面の表示と楽典の基礎理論がどういう関係にあるかわかる程度の、最低限の知識としての記事リンクです。内容は小学校で習うレベルの楽典についてなので、「あ~、あれってそういう意味があったのね」程度に気軽に読んでいただければと思います。

あらためて勉強する必要もなかった。楽典・タイミング基礎理論    
あらためて意識するほどでもなかった。楽典・音程基礎理論     
案外テキトーな定義なんですね。楽典・音量基礎理論     
もうちょっとはっきり決めてよ。楽典・音の長さ基礎理論[New!!]     
それってソフトの話ですよねモルヒネさん。楽典?音の数講座(Coming soon)
(※記事UP時、タイトルは変更になる可能性があります。笑)

楽典は、応用的な理論こそ”こうするとダサい”とか”やっぱり使える”といったように時代によって解釈が変化しているものもあるのですが、小学校でも習う基礎理論は数百年もの時が過ぎた現代でも変わらず使われ続けています。
きっとこの数百年の歴史の中には、それを覆そうと試みた天才音楽家もたくさんいたのでしょうね。でも、それらは結局後世に残らなかった。覆らなかった。

数百年たっても通用する、便利な知恵袋。
…これってすごいことだと思いませんか?

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